愛のカタチ  
サンプル

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   プロローグ.


「判決主文。被告人を、死刑に処す。判決理由――」


 瞬間、最前列で大きく目を見開く若者がいた。
 工藤新一。
 アメリカでFBIやCIAを纏め、黒の組織を壊滅させた名探偵。
 それが評価され、現在は世界の救世主とまで言われている人物である。

 しかしそのような輝かしい肩書きを持つ青年は、この世の終わりとも言うべき表情を浮かべ、全身を小刻みに震わせた。
 嘘だ、嘘だ、と。
 しかしどれだけ拒否しても結果は覆らず、言葉が続いていく。

 視線の先には、彼とどこまでも酷似している男がいた。
 双子と見紛うほどに同じ造形をした姿。
 肩書きも同様に有名だ。
 しかしこちらは、犯罪者のそれである。

 死刑宣告をされた男は、両腕を後ろに回され、硬質な手錠で拘束されていた。
 だが未来を全て奪われても悠然と顔を上げ、凛々しい双眸で壇上を見上げている。

 犯した罪を認め、それを恥じてはいないのだと。


「以上をもって、本日の法廷は閉廷します」


 隅に控えていた、見るからに屈強そうな廷吏二名が咎人の両脇を囲んだ。
 咎人は、警戒する必要があるとは思えないほど、従順な態度を見せる。

 どうして、と。
 叫びたかった。
 確かに彼は犯罪者だ。
 けれどそうしなければ、大義を成せなかった。
 犯罪者にならなければ、守れるものも守れなかったのだ。

 殺したくて、自白させたわけじゃない。
 ただ犯罪者であった過去を清算させて、数年後には世間に顔向け出来る生活を送ってほしかっただけなのに。

 しかも判決理由で述べられていた罪のほとんどは、実際には彼の父親が犯したものだ。
 だというのに、彼はそれすらも受け入れて、死のうとしている。


「――キッド!」


 喉の奥から絞り出た声は、被告と廷吏の三名の足音以外に無かったこの法廷に、酷く響いた。
 足を止め、ゆっくりと振り返る咎人は、柔らかな微笑を浮かべる。


「名探偵」


 優しい響きの音色と、慈しむような柔らかな目に、何も言えなくなった。
 この場にいる全ての人間を否定してでも、お前に手を伸ばして、ここから連れ去りたい。
 そんな溢れ出てくる激情を、視線で窘められる。

 握り締めた両手の拳が、喉から出ない言葉の代わりに震えた。
 無言のまま、互いに見つめ合う。
 だが時は止まらない。
 キッドの目が、ゆっくり外れていく。

 さようなら。
 背を向けられる瞬間、口の動きだけで伝えられた言葉は、無音の響きでありながら心臓を抉る。

 キッドは自ら廷吏を促し、立ち止まる事無く、そして二度と振り向く事無く姿を消した。

 重々しい扉が閉じられ、見えなくなる瞬間まで。
 そして扉が閉まってもなお、消えていった彼を睨む。
 数日後には、この世から消える存在を。

 どうして人は、自分に理解出来無いものを認めないのだろう。
 不老不死なんてありえない、妄言だと嘲笑い、この場にいる者達は彼の成した全てを否定した。

 否定されるとわかっていたから、キッドは不老不死の宝石の存在を知り、自分の父親が殺害されたと知ってもなお、警察に頼らなかったのだ。
 どれだけ危険でも、自らの力でどうにかするしかなかった。

 涙は出なかった。
 出ないほどの、悲しみと怒りが湧き上がる。
 この世の愚かさに、憎悪を抱きそうだ。

 それでも耐えた。
 強く、強く、拳を握る。
 赤い血が流れ落ち、ぽたりぽたりと痕を残しても。

 失う痛みに、新一はひたすら耐えた。







   1.


 俺は黒羽快斗、十七歳。
 四ヶ月前まで怪盗キッドをしていたけど、無事パンドラを破壊したので引退した。
 親父を殺害した組織も潰せたので、満足してるぜ!

 まぁ組織の件については、かなり名探偵に助けられちまったけどな。
 たまたまアイツと対面している時に連中が来たもんだから、とりあえず彼と手を組んで退けた。
 そしたら当然、聞かれちまうよな。
 アイツらはなんなんだって。
 宝石を渡せとか殺してやるとか言いながら、銃ぶっ放してくる連中だもんなぁ。

 仕方無いので説明したら、なんと後日、組織の全貌を教えてくれました。
 FBIまで使って捜査したなんて、さすがは世界の名探偵である。

 そんなわけで目的を達成したのだが、大人しく逮捕されるかどうか悩んだ。
 名探偵が、随分と熱心に説得してくるから。
 法によってちゃんと罪を償い、そして償い終えたら一緒に生きていかないかと。

 心揺らいだぜ、すごく。
 アイツは俺にとっての、最愛の好敵手だったから。
 戦略を探り合い、相手よりも更に先を読み、奥深くで繋がっていく。
 誰よりも彼の思考を知り、誰よりも知られ。
 いつしか言葉を交わさずとも心が通じるようになり、誰よりも信頼出来る存在となった。

 まぁ、彼からの提案が友情か恋愛かはわかんねぇし、俺自身もどんな感情が根底にあって惹かれているのか、わかってねぇんだけどさ。

 逮捕されても、罪はさほど重くないだろう。
 パンドラという呪いの宝石が実在し、それを狙う闇組織と戦っていたのだから。
 それに俺はまだ未成年だし、キッドの犯行のほとんどは親父がしたものだ。

 あと俺がキッドになったのは、黒羽盗一の死を事故で片付けてしまった、警察の落ち度であると判断される。
 警察が事件の真相に気付いていれば、俺はキッドになる必要は無かったのだと。

 それでもなお迷った理由は、罪を償うとなったら、いろんな事実が世間に明らみになっちまうからだ。
 特に八年前のキッドが、黒羽盗一だという事実が。

 どうしてもそれは避けたかった。
 親父は組織に殺された、それだけで良い。
 世界一の天才マジシャンだった、ただそれだけで。
 キッドだったと公表された結果、今まで親父のマジックを純粋に愛していた人達に否定的な感情を抱かれるのは、どうしても嫌だった。

 名探偵への返答を保留にしたまま、キッドとしての役目を終えた俺は、鈴木次郎吉氏の住む屋敷を訪れ、最後の挨拶をした。
 当然、夜中に忍び込んで、だが。


『今宵はお別れを言いに。キッドとして成すべき事は、全て終えましたので』
『ああ、工藤君から聞いておる。まさかキッドが高校生だったとはのぅ。これからどうするんじゃ?』
『どうしましょうかね。名探偵からは、罪を償わないかと言われましたが、少々問題がありまして』


 親父をキッドだと公表されたくない、そう素直に言えば、彼は面白い提案をしてきた。
 表向きにはキッドを死刑にして、新しく人生をやり直さないか、と。

 じいさん曰く、いつかの借りと、まだ高校生という若さでありながら命を懸けて天命を成し遂げた、勇敢さに敬意を示してとの事。

 なるほど、別人になるってのは良い案だ。
 死刑になれば親父の件はもちろん、黒羽快斗として生きていくにはどうしても付き纏う、怪盗キッドだったという柵も消える。
 周囲からの『キッドだったなんて凄いね』、などという反応はいらねぇからな。

 そんなわけで、次郎吉さんの部下数人によって、偽りの裁判が決行された。
 裁判官も弁護士も検事も全員偽者で、俺に関しても名前も年齢も伏せられ、傍聴に来た人達を欺いたのだ。
 最後まで怪盗らしいだろ?

 ただ、名探偵には申し訳無く思っている。
 一緒に生きていこうと誘ってくれたのに、いざ裁判が起これば、死刑、だからなぁ。

 真実を告げるべきか悩んだけれど、警察関係の人間達すら全員欺いたのだ。
 名探偵はそこらの人達と近すぎる為、ふとした拍子にバレちまいそうなんだよな。

 結局黙ったまま、世間にはキッドは死罪と公表され、俺は整形して新しい戸籍を手に入れた。
 これらも全部じいさんが手配してくれた。
 さすが金持ち。

 そして四ヶ月が経った現在。
 俺は瀬戸瑞紀という名前で、次郎吉さんところのメイドとして毎日を過ごしている。
 以前変装した事のあるメイドキャラだけど、戸籍は男のまま。
 周囲にも男の娘だと説明してある。
 メイド仲間達に可愛いと言われながら、和気藹々とした雰囲気に包まれて働くのは、楽しいぜ!

 もちろん将来の夢は、FISMでのグランプリ獲得だ。
 別人になり親父の名前に縛られなくなったぶん、より自由に、自分らしい演技が出来てるんじゃねぇかな。

 その為の足掛かりとして、次郎吉さんが時折社交イベントを開催し、マジックショーの時間を作ってくれる。
 感謝しつつ、どうしてそんなに良くしてくれるのかと聞いたら、才能ある者を評価して何が悪いと言われた。
 なるほど、彼らしい言葉である。

 最初は興味本位で見てくれていた観客も、ショーが終わった時には大絶賛してくれて。
 あの有名な鈴木次郎吉がスポンサーをしているという理由もあってか、世間に名前が広まるのは早かった。
 まぁ、俺が天才マジシャンだからな。
 しかも可愛い男の娘だからな!

 そんなわけで良い環境での充実な日々に満足しているが、別人になった事での罪悪感も、少なからずある。

 やっぱ母さんに生んでもらった顔を、変えちまったのはな。
 まぁちょっと垂れ目にしただけなので、母さんは全く気にしてなかったけれど。
 ちなみに母さんとジイちゃんは、俺がこうして生きているのを知っている、数少ない人間だ。

 あと周囲には俺はマジック修行で海外留学した事になっているが、もう二度と青子と幼馴染としては会話出来無いし、もしかしたら会う事も無いかもしれない。
 俺がキッドであり死刑になったと知る中森警部は、すげぇ落ち込んでしまっているらしいし。

 それに、名探偵が。
 彼は進級して無事高校三年になっているのにもかかわらず、何故か新聞で見なくなってしまったのだ。
 うーん、どうしたんだろう。

 一応こっそり調べたけれど、普通に学校に登校していて、怪我した様子も無い。
 もしかしてメディアに出るのを避けてんのかな。
 ……アイツらしくない。

 気になるけれど、今の俺じゃ話し掛けても、ただのファンにしか思われないからなぁ。
 どうにかして、話す切っ掛けが出来れば良いんだけど。
 なんて考えるようになってから、もう三ヶ月近く経っちまっているのに、行動に移せない。

 はぁ、なんでこんなに悩んでんだろう。
 別に、ただのファンでも良いじゃねぇか。
 なんの問題がある?


「……もしかして、好きだから、かなぁ?」
「何が好きなの?」
「へっ? うわっ、わ、わわわ!」


 いきなり後ろから声を掛けられ、洗っている最中の皿がつるりと滑り落ちそうになった。
 慌てて手を出して持ち直し、ほっと息をつく。
 考えに耽っていて、人の気配に気付けなかったなんて、元怪盗が情けないぜ。


「だ、大丈夫だった? いきなり声掛けてごめんね」
「はい、大丈夫ですよ。ええと」


 にっこり笑って後ろを振り返ると、そこにいたのは、まさかの園子嬢であった。
 え、なんで話し掛けられたんだろ。
 もしかしてキッドだと知られちまった、とか?


「瀬戸瑞紀さんですよね。私、次郎吉おじ様の姪の、鈴木園子です。おじ様のパーティーで何回か貴方のショーを見ていて……う、近くで見ても凄く可愛い」
「ありがとうございます」


 そうか、彼女もショーを見てくれていたのか。
 キッドだとバレたわけじゃないようで、安心した。


「こんなに可愛いのに、男だなんて……いや、男だから可愛いのかな。でも、躰も女性みたい」


 俺を見ながら自分の世界に入っちまっている彼女に、思わず苦笑い。
 四ヶ月経っても変わってないなぁ。


「園子お嬢様。私に用があったのでは?」
「はっ。ごめんごめん。実は貴方に頼みたい事があって。今度のゴールデンウィークに友達と別荘に泊まる予定なんだけど、貴方にマジックショーをやってほしいの。観客は高校生数人しかいないけど、お願い出来るかしら」
「マジックショー、ですか」
「もちろんお金は払うし、ゴールデンウィーク中はメイドの仕事は無し! 貴方も別荘でゆっくり休暇を満喫出来るわよ。どう?」
「園子お嬢様の友達という事は、名探偵も来ますか!?」


 思わず聞いてしまえば、こちらの勢いにビックリしたようで、彼女は無言でコクコク頷いた。
 いかんいかん、彼女に詰め寄ってどうする。


「ご、ごめんなさい。俺……私、工藤新一のファンなんです。探偵とか怪盗とか好きで。でも彼、最近新聞に載らないじゃないですか。ネットでも話題が上がらなくなってしまっているので、どうしても気になって」
「ああうん、そうだよね。彼、一時期凄かったもんねぇ。世界の救世主だなんて言われてたし。でも今は腑抜けちゃってるから、幻滅するかも。っていうか、アイツを元気付ける為に、君にマジックショーをしてほしいのよ」
「腑抜け……ですか」
「わからなくはないけどね。私もキッド様が死刑になっちゃって、凄いショックで何日も泣いたもん……」


 キッドファンの人達がとても悲しんでくれたのはネットで知っていたが、こうして実際に会ったのは初めてだ。
 そうか、いっぱい泣いてくれたのか。

 名探偵も腑抜けになっちまうほど、ショック受けたんだな。
 本当に申し訳無い。

 でも、具体的にどう腑抜けているのだろう。
 見た感じは、何事も無く生活しているようだったのに。
 気になったけれど、彼女に聞くよりは自分で見て判断した方が確実か。


「わかりました。そのお仕事、引き受けます」
「ありがとう! 助かるわ!」





  以下オフ本にて。



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2016.06.26発行
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