dependence
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ふいに意識が浮上して、アカギは閉じていた眼をそっと開けた。
自室の中は暗い。
どうやらまだ夜中のようだ。
「…カイジさん?」
隣の布団にいるだろう相手の名を呼べば、案の定カイジは起きていて、毛布の中でもぞもぞと動いてこちらに躰を向けてきた。
「悪ぃ、起こしちまったな」
「いや。それより、何かありましたか?」
先ほどからずっとカイジがごそごそと動いていたからか、その気配で眼が覚めた。
布団に入ったのは同じ時間であり、彼が先に眠ったのも確認していた。
なのに起きているとは、何かあったのだろうか。
カイジは暫くの間、無言だった。
アカギも急かす事無く静かに待っていると、小さく、困ったよな呟きが聞こえてくる。
「そっち、行っても良いか?」
「ああ。どうぞ」
ばさっと自分の躰に掛かっていた毛布を上げて招き入れる姿勢を取ると、嬉しそうに頷くのが暗闇の中でもわかった。
布団から躰を起こし、いそいそと隣に入ってくる。
触れ合ったカイジの躰は、どうした事か普段よりもかなり冷たかった。
アカギはその異変に眉を寄せながらも、再び毛布を下ろすと隣に来たカイジの躰をぐっと引き寄せる。
そして包むように背に腕を回し、自らの胸の中に強く抱き込んだ。
「ん…」
カイジも頬を押し付けてくる。
ほぅと出された吐息には、安堵が交じっていた。
「あったかい、アカギ」
「カイジさんが冷たいから」
頭に柔らかく唇を落とし、背中を撫でた。
何度も、何度も。
そうしていると、次第にカイジの躰が暖まってくる。
この状態ならば、また眠りにつけるだろう。
しかし彼は、戸惑いがちにこちらへと顔を上げてきた。
「なぁアカギ。アカギは……これが夢だったら良かったのに、なんて思う事ってあったりするか?」
「夢…ですか」
唐突の質問だったが、アカギは素直に答えを探した。
答えなければ、彼が泣きそうな気がしたから。
これが夢であったならと思う瞬間。
どうだっただろうか。
現実から眼を逸らしたくなるような程に愕然とした事や、恐怖に包まれた時があったかどうか。
自分ではどうにも出来無い事態に陥る事は、本当に小さな頃はそれなりにあった気がする。
誰かの庇護がなければ生きていけなかった、小さな子供。
生んだ親に捨てられて、ぼろぼろになって地面を這い蹲っていた……そんな記憶。
だが夢であったならと思う事は一度も無く、ただただ自分の命がある事と、いつか死ぬという自らの未来を見据えていた。
それがギャンブルに嵌る切っ掛け。
もう、十年以上も昔の事だ。
「今は、何も無いですよ」
「…そっか」
「カイジさんは?」
「ん?」
「アンタはどんな夢を、見ていた?」
優しく頭を撫でながら、囁く。
そうすればカイジは敵わねぇなぁと苦笑した。
「俺は…たくさんの人が苦しんで、死んでいく光景をこの眼で見てきた。……自分もたくさん、いろんな体験をして。いつか、俺も死ぬかもしれねぇ。そんな恐怖が忘れられない。死にたくないって思うのに、死は足元にまで近づいてきやがる。でもな、夢の中で自分は絶対に死なないんだ。その代わり…お前が死ぬ瞬間を、見る。お前が俺を置いていくんだ。独りにするんだ。……そこで、眼が覚めた」
「…そう」
「一番失いたくねぇものを失っちまったら、俺はどうしたら良い?それで、俺だけが残されたら。…俺はどうやって生きていけば良いんだろうな」
失いたくない。
そう思ってしまうほどに、依存し過ぎているのだ。
二人で生きているという甘い時間に、浸り過ぎている。
過去に経験したビジョンを忘れられず、悪夢として今も夢に見る。
心に根付く恐怖に駆られ、今一番なってほしくない事態を、夢で見てしまう。
それだけカイジは、自分を失う事が怖いらしい。
「もしこの瞬間に、アンタが目の前から突然いなくなったのなら……それを現実だと受け取らないかもしれない。これは夢なんだ、眼が覚めたらアンタはいつものように俺に向かって笑って、俺の名前を呼んでくれる。そう、思うのかもしれない」
「アカギ…」
「でも、そんなもの仮定でしかない」
暗闇の中で眼を瞑って、腕の中にいるカイジを感じる。
このぬくもりが消えないように、強く。
そうすれば、一抹の不安など一瞬にして消し去ってしまえる。
たとえ抗えない冷たい夢に包まれたとしても、この現実という空間でこの腕の中にあるのは、暖かいぬくもりなのだから。
「こうしていると…アンタの見た夢は、所詮偽物だとわかるでしょう?俺は、ここにいる」
「うん」
「アンタが悪夢を見ても。それが最悪な光景であったとしても。…俺はここにいて、カイジさん…アンタを抱きしめている。そして、アンタが俺の傍にいてくれる限り、俺は死にませんよ」
「……それは、俺だって同じだぜ?」
それまで大人しく聞いていたカイジが、強い口調で言い放った。
先程までの不安を、全く感じさせない声でもって。
「アカギがいる限り、俺は簡単にはくたばらねぇ。お前が俺を必要としてくれている間は絶対に、傍から離れない。…絶対に、離さない」
そして、彼からも強く抱き締めてくる。
ぬくもりを受けるだけでなく、彼からも与えようとしてくれる。
この狂気にも似た優しいまでの強さに、自分はどれだけ惹き付けられてきただろうか。
「らしくなったじゃねぇか。弱気なアンタはつまらないよ。……これくらいが良い」
「アカギがいるからな」
にやりと、カイジの笑う気配がした。
ぴったりと心臓部に頬を押し付けてきて、喉を鳴らして笑っている。
もう悪夢に魘される心配は無いだろう。
元々、今の彼には、自らの未来を自らの手で切り開けるだけの力がある。
多くの壁にぶつかっても、壊せるだけの力が。
それだけの覚悟を持っている。
それでも、時には弱音を吐いてしまうのだろう。
人は常に完璧ではないから、精神的に弱くなってしまう時もある……のだろう。
正直、自分にはわからないけれども。
だがそんな時は、こうして慰めれば良い。
他人に寄りかかる事が、悪い事だとは思わない。
前に進むのだから。
カイジは立ち止まった分だけ必ず、強くなるのだから。
「独りが怖いと思う事があるなら、いつでもこうしてアンタを抱き締めてあげるよ」
「……ん」
また眠くなってきたようだ。
小さく欠伸を零すカイジに、アカギは腕の中にある頭を優しく撫でて、眠りへと誘う。
そんな自分もまた、眠くなってきていた。
互いにウトウトとしていると、掻き消えるような小さな声が聞こえてきた。
「アカギの心臓の音、静かで、あったかくて……凄く、好きだ、…な」
そうして悪夢など見ない、穏やかな深い眠りが、訪れる。
...end.
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二人で同じ布団に入って眠っているのに萌えるという話。
アカギはどうしてあんな性格になったのかなぁと考えるのも楽しいです。
2010.01.02
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